英語耳を養う

実践・応用編1

2012.1.22(Sunday)


今日から実践編です。ただし、生徒さんの希望で、結構基礎っぽいことをやってはいます。

まずは、アサナ指示英語。実際に私が英語でディレクションをして、そのポーズができるかどうか?をやっていきました。いろいろな指示の仕方がありますが、アサナ指示でよく出てくる、lie on the stomach, feet hip width apart, tuck the tailbone in, draw the navel in などの使える表現を主にやっていきました。普段聞いていても、なかなか文章にしないと頭に入ってこなかったり、訳してみないと英語で指示を聞いてわかっていても、実際には言えなかったりします。

私自身、実際に何かのDVDを見て、「あーこういう言い回しをするんだ〜。」、とか、実際に現場に出てみて、「こういう風にも言うんだ。」と思った表現がいっぱいあります。

あとは、また、quick responseで、より使う解剖学単語、臓器名などをやりました。

最後の方は、またテープを流しての聞き取り。実際に英語を流してそれをそのままリピートするのはなかなか難しいです。ヒヤリング以前に、いかに聞いたものをすぐ忘れるか、ですが、ちゃんと英語そのものを理解していれば、意味で理解するので、すぐ忘れることはないのですが、意味そのものをまったく理解しないで、音だけで聞いていると記憶しずらいし、言えなかったりします。

まずは、英語を聞く耳を養うこと。例えば、何度も同じテープを聞き、暗記するぐらいに聞けば、表現を自然に覚えたりします。前にも書いたかもしれませんが、例えば同じ映画をせりふを覚えるまで何度も見るとか。

来週はまた更に聞き取り、repeatingをやっていきたいと思います。

寒い時期、中にこもる人も多いと思います。冬はカファがどんどん増える傾向にありますが、このカファ期を最大限に生かして、お勉強モードに入ることもいいと思います。今の時期に知識などを蓄積し蓄えて、春になったらそれを応用して行きましょう!!

では、また来週!!

あけましておめでとうございます!

2012年になってしまいました!(笑)

今年はどんな一年になるのでしょうか? どんな人たちに出会い、どんなことに取り組んでいくのでしょうか? 

出会いがある分だけ、別れもありますよね。何かのもめ事とかで話さなくなってしまった友人、過去の恋人、亡くなっていった人たち、、、。でも、その分また新しい出会いがあり、誰かが居なくなった時にぽっかりと空いた心の中の隙間を埋めてくれるのかな?なんて思ったりします。

そんな風に人間関係もだんだん変わっていくんだな、と。

本来カファな性格な私は、あまり多くの変化を好みません。(笑)いつも同じところにいたい人だし、同じことをやっていたいし、同じ人達に囲まれていることに心地よさを覚えます。

でも、そんな私でも、やはり今までを振り返ってみると変化(進化? 苦笑)したりしています。そう、人間の細胞は日々入れ替わっているんです。

何かが変わっていく時、それなりの心の準備が必要ですよね。それに上手く対処できなかったり、不安になったり、、、。結局、すごく時間がかかるのですが、自分の中でその変化というものを納得させ、次の段階に移り進んでいるような気がします。

もう少しその変化の過程や、変化そのものを楽しみたいです。そして、その変わった自分も好きになりたい。

2012年はどんな変化が待ち受けているのか?

怖いけど、楽しみにしたいと思います。

今年もよい一年になりますように。。。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

一年を振り返って

あと、30時間ぐらいで今年が終わろうとしています。1年を振り返ってみて、思うのは、今年はシヴァの力が多く働いたのでしょうか? 震災や、あらゆる事件が今あるものを破壊していった1年だったような気がします。また、いろいろなものを立て直していく中、何が人間にとって大事なのか?というのを見直していける時期でもあったと思います。

自分の中での本質を常に追求していきたいと思うのですが、私達は物質的なものに常に引き寄せられがちです。本質と物欲的な世界、その間を常に行き来しているような気がします。

一つだけ気がついたのは、私はヨーガや、音楽を通じて自分の本質を確認するのがすごく好きなんだな、と思いました。常に人のサポートをするお仕事をしてきて思うのが、ヨーガや音楽に向かっている時だけは、本当の自分をさらけ出して行けるような気がするのです。

ここ4年間ぐらい海外からの素晴らしいワークショップの先生方と接する機会を持てましたが、私がここで得られたものはとても貴重な体験でした。私が普段のお仕事で接している偉大なミュージシャン達にも共通して言えることなのですが、こういう本物の人たちと接すると心が本当に穏やかになります。ヨーガの本質をとことんと追求していった人たちはおだやかであり、寛大で、差別をせず、どんな人とも平等に接します。また、どんな時でも同じような淡々とした姿勢で何事にも臨む人たちなんですね。もちろん、彼ら彼女らも人間なので、調子がいい時も悪い時もあり、本音をちらつかせたりする時もありますが、彼らの思いはいつもまっすぐであり、常に安定したところにあります。

そんな人たちと知り合い、接していいけることができたのは、幸せなことだなと改めて思います。ワークショップのオーガナイジングなどで忙しく動いている時はそんなことに気がつきませんでしたが、そんなに忙しい思いをしてまで何でやっていたか?というと、こういう人たちとふれあうのが自分にとって心地よかったんだと思います。マテリアルな世界の中にいるとなかなかそんなことが見えなかったりするのですが、振り返ってみると、そんな素敵な人たちと毎年触れ合っているなーと。そんな人たちからもらうインスピレーションは偉大なのです。

来年もそういう出会いがいっぱいある一年でありますように。。。そして、皆さん、よいお年を! また、来年もいっぱい会いましょう!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

カルマって

「来生も一緒にいようね」、なんていう口説き文句がありますが、好きになる人、仲のいい人、親しい人、親、姉妹、いとこなど、自分に近しい人たちは次に生まれてくる時も近いところにいるということを聞いたことがあります。

S. ワンダーのYou Are The Sunshine Of My Life という曲の歌詞に、I know that this is the beginning, though I loved you for million years というフレーズが出てきますが、これって訳すと、「まだ始まったばかりだけど、君の事は100万年も前から愛していた。」っていうようなことだと思うのですが、っていうことは、前生からその人とは恋仲だった、ということなのでしょうか? 歌詞のこの部分がどういったことを意味するのかは、ご本人に聞いてみなければわからないことですが、人間の思いは、次の生まれてくる時まで受け継がれる、ということなのでしょうか? 

ヨガの思想の中心には、すべての行為と思考は、現世か来世のいずれにせよ結果を生み出すと言われています。私達は常に種をまいていて、現在の行動や思考が、自らの未来をかたちづくっているといいますが、蒔いた種が実るまでその思いみたいなものは残っているものなのでしょうか? 

人間の思いは、時としてすごいパワーを持ちます。同じ思いで、100万人の人が祈れば、その願いは叶う方向に向いていく、というようなことをどこかで読んだことがあるような気がします。大勢の人たちが集まって世界平和を祈れば、それが実現される方向へ向かうのではないでしょうか?

『水は答えを知っている』(the water knows the answers)という江本勝さんという方が書いた本を以前読んだのですが、水は「愛」とか「感謝」という文字を見せると奇麗な氷の結晶ができますが、ネガティヴな言葉を見せるとぐちゃぐちゃな形の結晶ができる、ということが書いてあり、実際にその結晶の写真も本に載せています。

人間の持つ思い、それは、時には何かを生み出したり、破壊したり、ものごとを変えてゆく力を持っていると思います。だとしたら、人間はどうしてその種を蒔くのだろうか? その種を蒔く原動力というものはどこから来るのだろうか?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

本当の自分と向き合うこと

人間ってどうしても自分の恥ずかしい部分って人に言えなかったりして、正直に自分と向き合えなかったりする。必要以上に自分を大きな存在に見せようとしたり、自分の格好悪いところは隠そうとする。そのくせ、ちょっとでも自分よりも劣っていると見える存在の人間が目の前に現れると急に得意になったり、自信をもったり。。。ある意味すごく自分を他人と比べて値踏みする。そして、他人のことも、何かができる、できない、容姿がいい、悪い、お金を持っている、持っていない、いい仕事をしてる、してない、で見たりする。すごい恥ずかしいことなのに、やってますよね? だから自分のかっこ悪さを認めて全面的に見せちゃっている人や、そういう垣根がなく人を見る人ってある意味、私からすると尊敬に値します。

宅連ヨガをここ2ヶ月ぐらい続けていますが、本当の意味で自分に向かう時間になっています。「自分ってなんて怠け者なんだろう?」とか、「自分って本当に執着心の固まりだなー。」とか。スタジオに練習に行かなくなってから思います。

私は一度、すごい病気をした後、練習のペースを落としてから、「自分と自分の練習に正直に向かっているのかな」って思っていました。しばらくそんな気持ちで練習に向かっていたのはつかの間で(苦笑)、またここでも、人に見られる意識みたいなものがすごく働いていたような気がします。

今度は出来ない範囲なりに、「ここまでできたから、もっと先までやろう」とか、「週に2、3回は最低でもやらなきゃ」とか、「この朝練の練習をやめてしまったら、もうやらなくなって脱落してしまうから、続けなければ」って思っていたような気がします。

人間ってそんなことの繰り返しなんでしょうか? 

だとしたら、そんな自分を今の自分として認めてあげる優しさも必要なのかな?なんて思ったりして。自分に甘くなるのと自分に優しくなるのとは違うことですよね? そう思いたいです。(笑)でも、同時にそんなことやっている自分も見なおす必要も。

世の中は、クリスマスモードまっただ中ですが、年末に近くなればなるほど、私は人生リセット・モードに入ります。家の大掃除をするのと同じように、今まで自分の人生の中で積み上げてきたものごと、義理、不必要な人間関係、やらなければならないと自分で思っていること、行かなければならないと思っているところ、自分の身を置く環境を、見直す時なような気がします。って考えると「その忘年会って本当に行く必要あるの?」って、「そのパーティー本当に行きたい?」って思うと意外と暇になったりして。(笑)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

病名を英語で


2011.12.18.(Sunday)

海外旅行など行った時に突然具合が悪くなったりして、病院に運ばれたとします。日本にいれば問題ないんだけど、海外のお医者様に病名を説明するのって困ったりしませんか? まあ、そんなことはめったにないかもしれないし、そんなことのために病名を英語で覚える人はほとんどいないと思いますが、覚えておいても損はないかな?と。(笑) 

ヨガのワークショップなどの通訳をやっていると、最後に生徒さんに、「〜こうこうこういう病気で、〜を痛めてしまったのですが、それに効くアサナは?」とか、「〜の症状があるのですが、やってはいけないポーズは?」なんていう質問を受けたりします。なので、我々通訳はその病名を把握して、ちゃんと訳せなければならないので、私の通訳養成講座ではいつも病名を勉強します。

肉離れってよく起こる現象ですが、それってどういう状況なのか? そうそう、これこそ、解剖学英語でも出てきましたが、その症状がそのままの英語になっていて、英語で覚えるとなんて覚えやすいんだろう!と初めて肉離れの英単語を知った時に感動しました。椎間板ヘルニアもそうです。英語訳を聞いて、あー、なるほどねー、こういう状態のことね、と思いました。(注:普通に辞書を引けばでていると思います。)

でも、生理痛の「痛み」と、足を「吊る」とい単語が一緒だったりして、英語ならではの、発見も。。。

もちろん、頭痛、片頭痛、生理痛、虫歯、乗り物酔い、便秘、下痢は普通の日常会話にお出て来るので覚えておいた方がいいですねー。

来年は実践編です。

今のところ少人数でやっているので、もしかしたらまた限りなく基礎に近い講座にするかもしれません。

申し込み、まだ受け付けております。

来年は、1月15日から開催です!

皆様、お風邪を引かないように!!
MerryX-mas and a Happy New Year!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

«